2017 10 ≪  11月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2017 12
父の介護の経験から。 堀エリカさんの「おだやかで幸せな死を迎えるための23の方法」をご紹介します。
2012/08/26(Sun)
9月9日の午後、「うつからの卒業」今出来ること part8を開催致します。
詳しくは 
⇒こちらをご覧ください


上記以外のみなとの秋のスケジュールが決まりました。詳しくは、⇒こちらをご覧ください



20120730 s堀エリカさん 日経記事
北海道の父が保存していた7月30日付け日経新聞


ブログを始めて、こんなに書かない日が続いたのは初めてです。
もし心配して下さった方がいらしたら、大変申し訳ありません。

元気にはしていたのですが、原稿を書く機会を頂き 
今回はパーキンソン病になった父が亡くなって、家に戻るまでの約3カ月間に 私が感じた辛かった事や、
悲しかった事を医療関係者の方に向けて 書いていました。

依頼は4500文字でしたが、思い出しながら書き出してみると、
いろんな思いが湧いてきて 7000文字を越してしまいました。

今度は、書いたものをそれから1週間以上かけて、削り落し、
ようやく昨日お渡ししたところです。

感情が入り過ぎないように、冷静に書こうとするには、
大変コントロールする力が必要で、他の事が殆どできない状態でした。

10回以上、手直しをしたでしょうか。


父は、16年前のちょうど今頃の8月、9月が一番具合が悪く、
9月の末に亡くなったので、随分時間は経っているのに、まだまだ鮮明に思い出される事が多く、
胸が一杯になる事も何度かありました。

よっぽどの事がなければ、10月に会報誌として発行されるので、
その後に 皆さんにもご報告したいと思います。



異母兄弟の娘、私には姪にあたるのですが、彼女は現在 父の看病をしていた私の年齢に近くなっています。
そして彼女は 現在勉強のためNYに留学中だと 先日兄から聞きました。


かつて私が父の介護をしていた、同じ年齢でも、丸きり違う人生を送っている姪を
羨ましく感じましたが、きっと父の介護の後 うつになった私の人生には、何かしらの意味があったのでしょう。


今なら、そう受け入れる事ができます。



7月30日の日経新聞に、「理想の最期かなえるには・・・」と言う記事が載っていました。
写真の女性は、医療コーディネータージャパン代表の堀エリカさんです。
記事の内容については、→こちらをご覧ください

私はエリカさんに、友人の紹介で大分前に1度お目にかかった事があり、
今は フェイスブックで繋がっているので、彼女のこの記事の事もフェイスブックで知りました。


8月1日に義母の3回忌の法要があり、北海道の義父の所へ向かうと、
日経新聞があるので、この記事を見せて貰おうとすると、
父は、既にこの記事を切り抜いて保管していました。

父は今80代後半で、
母がいなくなってから、一人で広い家に住んでいます。

「いつか」、と言う日を意識しているのが良く判りました。


このブログを書いている私も、そしてこのブログを読んで下さっている皆さん全ても 
100年後には必ずこの地球からいなくなっているはずです。

そして あちらの世界でお目にかかっているでしょう。


その最期の日は、若い、若くないに関わらず いつか訪れるもので、
その日をどう迎えるかを考える事は、そんな事考えたくないと思う人も多いと思いますが、
その最期の日まで 自分らしく生きるために、考えておく必用のある大切な事だと思います。


もう一つは、家族同士で元気な時に 冗談話でもいいので、自分の最期について話しておくのも大切だと
私の父の時の介護の経験から思います。

なぜなら、父はパーキンソン病で入院していたのですが、最後は 食べた物が誤って肺に入り
息が出来なくなり、人工呼吸器を付けるかどうか、私が選択しなければなりませんでした。

人工呼吸器は、自分で呼吸ができる様になったらはずす事も可能ですが、
そうでない限り、亡くなってからでないと外す事はできないそうです。

人工呼吸器を見た事もありませんでしたが、医師からそんな説明だけを聞いて
付けるかどうか 判断しないとなりませんでした。

医師の説明を聞いて、即断で付けて貰いたいと医師に頼みましたが、
結局は 抵抗力がなくなり肺炎を起こし、意識がないまま流動食と点滴で命を繋げる事になってしまいました。



父は 美味しい物が大好きで、その上 本がなければ一日が暮らせない程だったので、
両方できない状態で ただ息をしているような最期を送りたかったかどうか、
今になってみると 多分父の答えはNOだったと思います。

戦争に行って、生きて終戦を迎えた父は、
終戦後の人生は、おまけの人生だと良く言っていました。

生には執着がなかったかも知れません。
ただ、私が父に生きていて貰いたかったのです。


もっと父が元気な時に、父がどういう最期を迎えたいと思っているのか
よく聞いておけばよかったと思います。


もし具合が悪くなった時が来てからでは、
あなたはどういう最期を迎えたい? 人工呼吸器をつけてもこの世にずっといたいかどうか?など
家族でも話し合えないと思います。


どう言う死を迎えたいかは、どう言う生き方をしたいか、と同じ意味ではないかと思います。


私が長々と書いても、なかなか通じにくい話かも知れません。



堀エリカさんが 医療コーディネーターとして、そして看護師としての今までの経験から
「おだやかで幸せな死を迎えるための23の方法」と言う本をを今年5月に書いていらっしゃいます。


全ての人にいつか訪れる最期の瞬間を、穏やかに、そして幸せに迎えるために、
この本を一度手にとってご覧になる事をお勧めします。


私は、自分自身でも若くして 両親の死に直面し、
他の人よりも命と言うものを考える機会が多かったと思っていますが、
この堀エリカさんの文章を読むと、桁違いに 文章が適切で、重みがあります。


父が元気な時に、もしこの「おだやかで幸せな死を迎えるための23の方法」を読んでいたら、
私も 介護からうつになる事がなかったと思います。


本の帯には、「輝いて生きるために この本のヒントが役立つと信じます」と
「東京・生と死を考える会」名誉会長で、上智大学名誉教授 アルフォンス・デーケン氏が書いていらっしゃいますが、
ぜひ皆さんも ご自分のために、そしてご家族のために
この本をぜひ手にとってみてはいかがでしょう。


きっと読んでおいて良かった、と思う日があると思います。








スポンサーサイト
この記事のURL | 思うこと | CM(0) | TB(0) | ▲ top
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://utsunokazokuminato.blog62.fc2.com/tb.php/515-48f89f22

| メイン |