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東日本大震災から3年。 3年前の3月11日、2時46分に何をなさっていましたか? 
2014/03/11(Tue)
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東日本大震災は平成23年3月11日午後2時46分に発生。マグニチュード(M)9・0、最大震度7の巨大地震で、東日本の太平洋沿岸を大津波が襲い、最大約47万人が避難を強いられました。


東日本大震災3年 死者・行方不明者1万8千人、26万7千人が避難生活


約26万7千人の皆さんが、全国各地で避難生活を送っていらっしゃいます。

亡くなられた多くの皆さんの尊い命に、心からご冥福をお祈りいたします。
そして、大変な生活を強いられながらも、将来を見て今日を過ごしていらっしゃる被災地の皆さん、避難をなさっている方々を、決して忘れないで心から応援し続けたいと思います。


会社地震 テレビ1
テレビは地震の時を考えて、落ちて来ないようにはしてあったと聞きましたが、あっという間に簡単に落ちて来ました。


20111311 会社 地震テレビ2
テーブルの脚が一部見えていますが、このテーブルの下にもぐるのも、やっとの事でした。


20111311 会社地震 書類拡散
机の上の書類が、飛んで散らばりました。



3年前の2時46分、私は たまたま会社の管理人室に、窓を掃除に来てくれた業者さんと一緒にいました。
管理人室は、10階にあります。 建物は東京駅から徒歩7分位の所にあり、築40年を軽く越している建物です。

来た!と思った瞬間、動けない程の揺れで、業者の掛け声で、そばにあったテーブルの下にもぐりました。

そのすぐ脇に大きなブラウン管テレビが落ちて来て、これが頭に当たっていたら、今こうしてパソコンに向かえていなかったかも知れなかったと思います。


一人ではなく、業者さんが居てくれたので、本当に助かりました。


この後、電車が止まってしまったので、帰宅困難者になり、
会社の会議室のテーブルの上で休みましたが、電話が通じず、夫や犬たちがどうしたのか 深夜まで全く判りませんでした。

その後、北海道の義理の父に電話をしてみると、繋がりました。


深夜に地下街に下りてみると、
多くの方が、冷たい床に座り込んだり、横になったりしていて、
全くいつもとは違う風景に 改めて怖くなりました。


真夜中にも関わらず、
歩道には、若い女性も含めたくさんの人が、行列を作って 自宅に向かおうとしていました。
まだまだ寒い夜で、きっと帰れたのは朝方なのではないでしょうか。

後日、日本橋の高島屋さんが、シャッターを開けて 避難場所に解放して下さっていたと知りました。

寒い中、どれだけの方が、助かった事でしょう。


翌日、10時ごろに東京駅から電車に乗りましたが、
凄い人ごみでした。


ただ、やっと乗れた時には、これで帰れると安心しました。


家に着いたのは、お昼を過ぎていて、いつもの倍以上の時間がかかりました。


今でも、はっきりと緊迫した翌日の光景も思い出します。




東京で、こんな状況だったのですから、
被災地や、被災地の近くにお住いの方々の遭った恐怖感はどんなものだったかと、想像を絶するものだったと思います。


自然の脅威の前には、人間は蟻と同じだと、思わずにはいられません。


自然に勝とう、言う思いは 思い上がりなのだと思います。


地球の上に住まわせて貰っている、だからきれいに、大切に住まないと。

そう改めて思いました。


次は、どこで起こるか判りませんが、
今日こうして生きていることに感謝したいと思います。






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