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31回目の母の命日を迎えて。 だんだんと母が亡くなった年に近づいて思う事。
2016/01/20(Wed)
S20160120匂い桜
この寒い時季でも、優しい香がする匂い桜です。 
この時季にこんな優しい色の花が咲くなんて。
それも殆ど葉っぱが落ちているのに、つぼみもまだあって、これからも楽しませてくれそうです。


メルマガにも書いたのですが、加筆して改めてこちらにも投稿します。




雪が降ると思い出す事があります。


それは、母のお葬式の日の事です。


もう母が亡くなってから31年が経ちました。


かなりの雪が降った次の日で、大変寒い日でした。

その中、父の会社関係の方々や、私が勤めていた会社の同期や、役員の方や、上司が参列に来て下さいました。



来て下さった、その皆さんのお気持ちと、

母がいなくなってしまったと言う悲しい気持ちとが合わさって、

どうにも表現の仕様のない気持ちであったことを、31年経った今でも覚えています。



今年も命日に、夫とお墓参りに行って来ました。



今までにまだ一度も母の夢を見た事がないので、

きっと天国で祖母たちと楽しく過ごしているのだと思います。



31年前。

母は、乳がんの手術をして11月に退院し、年末までは元気にしていたのですが、
年明けに風邪をひいてしまい、9日の夜突然亡くなってしまいました。


私は、まだ会社にいましたし、父も入浴中の間に、あっけなく息を引き取ってしまいました。



最期に間に合わなかった上、亡くなるなんて思ってもいなかったので、

それまでに改まった話もしていなかったので、

私は、母が亡くなってから20年位の間は、母はどこかにいていつか戻って来ると、

現実にはあり得ないと判ってはいても、そんな風に思っていました。




「みなと」のセミナーに来て下さった方や、

女子会に来て下さった皆さんから良く砂田さんは強いですね、と言われますが、

素の私は全然そんなことはないのです。



今までに、

夜に空を見上げては、

「お母さーん!」と声を出さずに何度叫んだことか。




でも、もし強いと見えるのでしたら、

母の分までも幸せに生きたい。 生きなくっちゃ、と言う思いが

強いからかも知れません。





そして、段々と母が亡くなった年に近づいて来て思う事は、


母が突然亡くなった様に、


誰でも突然そうなる可能性はある。




その最期の時に後悔しない様に生きたい。

その思いが強いのかも知れません。




私は母親にはなれませんでしたが、


31年も経っても命日を忘れずに、思い出して貰える母親の存在って凄いな、と思います。




子供さんがいらっしゃる方も多くこのメルマガを読んで下さっていると思いますが、


こんなことを言うのはおこがましいですが、


どうぞ子供さんの為にも、健康で、そして生き生きとご自分らしく生きて下さいね。


子どもには、そんな親の姿が嬉しく、そして誇らしく映るのだと思います。









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